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藤原元方 ふじわらの もとかた

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原元方 ふじわらの-もとかた

888-953 平安時代中期の公卿(くぎょう)。
仁和(にんな)4年生まれ。藤原菅根(すがね)の次男。母は藤原氏江の娘。天慶(てんぎょう)2年(939)参議。正三位,大納言兼民部卿にいたる。娘祐姫(すけひめ)が生んだ広平親王が,藤原師輔(もろすけ)の娘安子が生んだ憲平親王(冷泉(れいぜい)天皇)のために立太子をはばまれ,悲嘆のうちに天暦(てんりゃく)7年3月21日死去。66歳。怨霊(おんりょう)となり,冷泉天皇らにたたったという。

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朝日日本歴史人物事典の解説

藤原元方

没年:天暦7.3.21(953.5.6)
生年:仁和4(888)
平安中期の公卿。正三位。参議菅根と藤原氏江の娘の子。若いとき文章得業生,東宮学士を歴任している学者であった。天慶2(939)年,52歳で参議になり,天暦5(951)年大納言に進んだが,その昇進は村上天皇に入れた娘祐姫(更衣)が,天暦4年,第1皇子広平親王を生んだことによるものだろう。しかし藤原師輔の娘安子も同じ天暦4年に第2皇子憲仁親王(のちの冷泉天皇)を生み,すぐに東宮に立てられた。元方の希望は断たれ,3年後に他界。このため元方は怨霊となって,外戚の地位を固めた師輔の身内に祟り,とりわけ冷泉天皇の狂気はそのためという。『栄花物語』『大鏡』の伝えるところである。

(朧谷寿)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

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