藤原光能(読み)ふじわらの みつよし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「藤原光能」の解説

藤原光能 ふじわらの-みつよし

1132-1183 平安時代後期の公卿(くぎょう)。
長承元年生まれ。民部少輔(しょう)藤原忠成の子。後白河上皇近臣。皇太后宮権大夫(ごんのだいぶ),右兵衛督(かみ)となり,治承(じしょう)3年(1179)参議。同年平清盛に解任されるが,5年参議に復帰左兵衛督かね,正三位にいたる。「平家物語」では,文覚の要請で平氏追討の院宣(いんぜん)をかいたとされている。寿永2年2月28日死去。52歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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