藤原光親墓(読み)ふじわらみつちかのはか

日本歴史地名大系 「藤原光親墓」の解説

藤原光親墓
ふじわらみつちかのはか

[現在地名]小山町須走

藤原光親は承久の乱後、その首謀者として幕府に捕らえられ、武田信光によって鎌倉に護送されたが、その途中、承久三年(一二二一)七月一二日「加古坂」(籠坂峠)で処刑されている(吾妻鏡)。現在は国道一三八号西側、籠坂かごさか峠から富士山へと続く稜線上、矢弾やはず山の直下に「按察使中納言藤原光親卿之墓」と刻まれた石碑が建つ。「承久記」によると、光親は「加胡坂ト云所ニヲロシ奉リ」「山のソワニテ片サガリナル」場所で、信光の臣内藤某によって斬られたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む