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藤原範子 ふじわらの はんし

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原範子 ふじわらの-はんし

?-1200 平安後期-鎌倉時代,後鳥羽(ごとば)天皇の乳母。
藤原範兼(のりかね)の娘。僧能円の妻となり,在子(承明門院)を生む。妹の兼子(卿局(きょうのつぼね))とともに後鳥羽天皇の乳母をつとめ,のち源通親(みちちか)にとついで久我通光(こが-みちみつ),土御門(つちみかど)定通,源通方を生む。刑部卿(ぎょうぶきょうの)三位,承明門院三位とよばれた。正治(しょうじ)2年8月4日死去。名は「のりこ」ともよむ。

藤原範子 ふじわらの-のりこ

ふじわらの-はんし

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

藤原範子

没年:正治2.8.4(1200.9.13)
生年:生年不詳
平安末・鎌倉前期の後鳥羽上皇乳母。従三位。刑部卿三位と号す。刑部卿藤原範兼の娘。後鳥羽上皇の腹心の女房卿二位の姉。法勝寺執行法印能円の妻となり,在子(承明門院)を生む。高倉天皇の皇子尊成(後鳥羽)を引き取り養育したが,寿永2(1183)年夫能円が平氏と共に都落ちしたのちは,叔父の範季と尊成を育てた。その後,権臣源通親と結婚。通光,定通,通方らを生む。後鳥羽の女房となった娘在子が生んだ第1皇子為仁(土御門天皇)が即位するにおよんで,天皇の外祖母となった。後鳥羽は範子の病気を見舞ったり,その死後は追善のための仏事を催したりしており,両者の関係は極めて親密であった。

(秋山喜代子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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