藤堂紫朗(読み)とうどう しろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「藤堂紫朗」の解説

藤堂紫朗 とうどう-しろう

1858-1909 明治時代ロシア語学者。
安政5年2月4日生まれ。ウラジオストクロシア語をまなびながら,ロシアの社会事情を調査。帰国後陸軍大学校で教壇にたつ。のちロシアのオデッサ駐在領事をへて母校東京外国語学校(現東京外大)の教授編著に陸軍教科書「露語教程」,「露語辞典」。明治42年7月18日死去。52歳。近江(おうみ)(滋賀県)出身

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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