藤塚浜村(読み)ふじつかはまむら

日本歴史地名大系 「藤塚浜村」の解説

藤塚浜村
ふじつかはまむら

[現在地名]紫雲寺町藤塚浜

日本海の沿岸にあり、北東は村松(むらまつ)浜(現中条町)、南東は真野原外(まのはらそと)新田、南西は次第浜(しだいはま)村(現聖籠町)。奥山(おくやま)庄と加地(かじ)庄の境に当たる地で、近世初頭より新発田藩領に属し、同藩領の最北端を占める。慶長一五年(一六一〇)頃の給知方ほど役帳(新発田市史資料)には藤塚村とあり、商人役・濁酒役が計一石二斗課されている。同一七年の御蔵納同払方帳(同資料)には地役三石七斗五升、炉役六石二斗五升と記される。正保国絵図には藤塚浜村三五石余とある。享保期(一七一六―三六)の御所納之外在々より納并覚書(溝口家文書)によれば、家数七四、馬数七。享保六年の紫雲寺潟絵図(竹前茂晴氏蔵)によれば、名主は本間作右衛門。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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