藤塚町(読み)ふじづかちよう

日本歴史地名大系 「藤塚町」の解説

藤塚町
ふじづかちよう

[現在地名]高松市藤塚町・同一―三丁目・中野町なかのちよう

町の南に位置し、もと香川郡なかノ村に属したが、天保元年(一八三〇)中ノ村から分離して藤塚町となった(政要録)田町の南端南下馬にある番所・木戸を抜け、霊源寺れいげんじ堀から旅籠はたご町の南側を通って杣場せんば川へ流れる水路を渡ると当町北端にある徳善とくぜん寺に至る。天保一五年の城下図によると、東側の田地中に焔硝蔵・石清尾供僧領・生駒氏家臣宮脇越中守長定居館跡、西側に渋柿しぶがき地蔵がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む