藤尾城跡(読み)ふじおじようあと

日本歴史地名大系 「藤尾城跡」の解説

藤尾城跡
ふじおじようあと

[現在地名]高松市香西本町

標高約二〇メートルの藤尾山を中心に、一帯に郭が配されていた。香西氏最後の好(佳)清が、累代の居城であった佐料(さりよう)城が平地にあって防御不十分のため築城、好清一代で廃城となる。「南海通記」によると長宗我部氏に備えるため、当時藤尾八幡宮があった藤尾山の要害に築城を計画、天正三年(一五七五)鍬初めがなされ、同五年に家作未完成のまま移徙したといい、同七年までは諸侍は佐料城にあったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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