虫亀村(読み)むしがめむら

日本歴史地名大系 「虫亀村」の解説

虫亀村
むしがめむら

[現在地名]山古志村虫亀

種苧原たなすはら村の西方三ッ峰みつみね(五二一・一メートル)小栗山こぐりやま(現小千谷市)の西方金倉かなぐら(五八一・四メートル)とに挟まれる。北は蓬平よもぎひら村・濁沢にごりさわ(現長岡市)、南は竹沢たけざわ村。元和四年(一六一八)の長岡藩知行目録に「虫亀六ケ村」高七七石八斗余。正保国絵図に「虫亀村 山六ケ村ノ内」とある。万治二年(一六五九)の廿六村家数改帳(平沢家文書)によれば本百姓一四軒・名子一五軒。慶安三年(一六五〇)頃の検地帳(斎藤正助氏蔵)では、田一町六反余・畑一町四反余、石高三〇石四斗余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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