行野浜村(読み)ぎようのはまむら

日本歴史地名大系 「行野浜村」の解説

行野浜村
ぎようのはまむら

[現在地名]大潟町犀潟(さいがた)

北国街道に沿った日本海沿岸の村で、北東は潟守(かたもり)新田、南西は西(にし)ヶ窪浜(くぼはま)村(現上越市)。文禄(一五九二―九六)頃の頸城郡絵図に「布施善衛門分志田分柿崎分行ノ浜分 中」とみえ、本納四〇石六斗・縄高三石六斗七升九合、家二〇軒・六三人とある。正保国絵図に高七〇石とある。天和三年郷帳では「犀浜中」と一括され、天保郷帳にも当村など一八ヵ村をまとめて「才浜中」と記される。

天和四年(一六八四)の検地名寄帳(明治大学刑事博物館蔵)には金兵衛ほか三十数人の名がみえ、下畑一畝二〇歩・分米五升、屋敷六反一畝二八歩・分米三石九升七合、中塩場三町一〇歩・分米二七石三升とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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