衛紹王(読み)えいしょうおう(その他表記)Wei-shao-wang; Weishao-wang

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「衛紹王」の意味・わかりやすい解説

衛紹王
えいしょうおう
Wei-shao-wang; Weishao-wang

[生]?
[没]金,至寧1(1213)
中国,の第7代皇帝 (在位 1208~13) 。廃帝。小字は興勝。諱は允済,のち永済。諡は紹。世宗の第7子。承安2 (1197) 年衛王に改封される。章宗の遺志により皇帝に即位。大安3 (1211) 年春モンゴル軍が侵入防御に失敗し,罪を問われることを恐れて中都に帰り,内乱を起した防衛総司令官右副元帥の 紇石烈執中 (きっせきれつしっちゅう) に捕われ,執中が送った宦者の李思忠に殺された。執中が高きに殺されたあと,貞祐4 (16) 年衛王を追復,紹と諡され,ゆえに衛紹王と呼ばれる。

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