西ドイツ=ポーランド条約(読み)にしドイツ=ポーランドじょうやく(その他表記)Warschauer Vertrag

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

西ドイツ=ポーランド条約
にしドイツ=ポーランドじょうやく
Warschauer Vertrag

1970年 12月7日西ドイツの W.ブラント首相とポーランドの J.チランケウィチ首相が調印した両国の「国交正常化の基礎に関する条約」。 72年6月3日にベルリンに関する四大国協定の正式調印に伴い批准書が交換され発効した。これによって第2次世界大戦後初めて両国国交正常化への道が開かれた。第1条で,両国,特に西ドイツが,戦後のヨーロッパで最大の国境問題であったオーデル=ナイセ線を,事実上ポーランドの西部国境であることを認めた意義は大きい。これは東ヨーロッパ諸国との和解を目指すブラント首相の東方外交の新しい前進となった。

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旺文社世界史事典 三訂版 の解説

西ドイツ−ポーランド条約
にしドイツ−ポーランドじょうやく

西ドイツ・ポーランド間に締結された国境条約。ワルシャワ条約ともいう
ブラント政権は東方外交を進め,1970年12月にワルシャワを訪問し,武力による紛争解決を放棄すると同時に,オーデル−ナイセ線を国境線とする条約に調印した。

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