西洞院家(読み)にしのとういんけ

改訂新版 世界大百科事典 「西洞院家」の意味・わかりやすい解説

西洞院家 (にしのとういんけ)

桓武平氏。すなわち桓武天皇の皇子葛原親王の子高棟王から出,平安時代の末ごろは公家平氏として栄えた。南北朝のころ,参議行時が住所にちなんで西洞院をもって家名とした。その後,1566年(永禄9)時当が死去したのち継嗣がなく,いったん断絶したが,75年(天正3)河鰭(かわばた)公虎が入って家名を継いで時通と名のり,のち時慶(ときよし)と改名した。この時慶および息男時直は歌学をもって聞こえた。公家としての家格は半家。江戸時代には初め家禄273石,のち260石を給され,時成,信堅のほかは,おおむね参議にとどまった。また時名は桃園天皇に神書を進講して起こった宝暦事件に座し,官をやめ,落飾を命ぜられ,のち正三位を追贈された。維新前後は信堅が光格,仁孝,孝明,明治の4朝に歴仕して従二位に昇り,その子信愛は1884年華族令の制定に際して子爵を授けられた。
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