西田千太郎(読み)にしだ せんたろう

共同通信ニュース用語解説 「西田千太郎」の解説

西田千太郎

西田千太郎にしだ・せんたろう 1862年松江市に生まれる。英語の堪能な秀才で「大盤石」と呼ばれた。子孫が、日記手紙、写真などを大切に保存。日記やハーンとの計150通の往復書簡は、それぞれ書籍として刊行された。市民らでつくる一般社団法人「まちなかプラン」が、松江にある西田旧居修繕などに取り組んでいる。

更新日:

出典 共同通信社 共同通信ニュース用語解説共同通信ニュース用語解説について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「西田千太郎」の解説

西田千太郎 にしだ-せんたろう

1862-1897 明治時代教育者
文久2年9月18日生まれ。郷里島根県で母校松江中学の教師をつとめ,明治23年着任したラフカディオ=ハーン(小泉八雲)と親交をむすぶ。ハーンの取材活動に協力し,私生活でも助力した。「西田千太郎日記」は,明治前期の教育事情や松江時代のハーンを伝える貴重な資料。明治30年3月15日死去。36歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

《モスクワに遠征したナポレオンが、冬の寒さと雪が原因で敗れたところから》冬の厳しい寒さをいう語。また、寒くて厳しい冬のこと。「冬将軍の訪れ」《季 冬》...

冬将軍の用語解説を読む