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小泉八雲 こいずみやくも

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

小泉八雲
こいずみやくも

[生]嘉永3(1850).6.27. ギリシア,レフカス
[没]1904.9.26. 東京
文学者,随筆家。本名 Lafcadio Hearn。父はイギリス人,母はギリシア人アメリカに渡って新聞記者生活をおくり,ヨーロッパ文学の新しい潮流をアメリカに紹介,文芸評論家としても活躍。

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デジタル大辞泉の解説

こいずみ‐やくも〔こいづみ‐〕【小泉八雲】

[1850~1904]英文学者・作家。ギリシャ生まれる。本名、ラフカディオ=ハーン(Lafcadio Hearn)。明治23年(1890)来日。小泉節子と結婚、のち、日本に帰化。松江中学校・東大などで英語・英文学を教えるかたわら日本文化を研究、海外に紹介した。著「知られざる日本の面影」「」「怪談」など。

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百科事典マイペディアの解説

小泉八雲【こいずみやくも】

→L.ハーン

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

小泉八雲 こいずみ-やくも

1850-1904 明治時代の随筆家,英文学者。
1850年6月27日ギリシャ生まれ。明治23年(1890)来日,松江中学の英語教師となる。小泉節子と結婚,29年イギリス国籍から日本国籍になる。当時の日本を「知られざる日本の面影」などで世界に紹介。五高,東京帝大や東京専門学校(現早大)でおしえ,上田敏(びん),厨川(くりやがわ)白村らをそだてた。明治37年9月26日死去。55歳。旧名はラフカディオ=ハーン(Lafcadio Hearn)。著作に「怪談」「詩論」など。
【格言など】太陽も月も……空間も時間も――すべては現われては消え行くまぼろしである。ただ,そのまぼろしを作り出すもののみが永遠に存在する(「露のひとしずく」)

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朝日日本歴史人物事典の解説

小泉八雲

没年:明治37.9.26(1904)
生年:1850.6.27
明治時代の英語教師,文学者,文芸評論家。帰化前の名前はラフカディオ・ハーン(Hearn,Patrick Lafcadio)。父はアイルランド人軍医チャールズブッシュ・ハーン,母はギリシャ人ローザ・カシマチ。ギリシャのリュカディア(レフカス)島生まれ。満4歳のとき父が母を離縁したあとダブリンで大叔母に養育されるが,その大叔母は破産,インドへ行っていた父は帰国途中病死,ハーン自身は寄宿学校在学中事故で左眼失明などの出来事が重なり,1869年,極貧と失意のうちに19歳で渡米した。23歳のときオハイオ州シンシナティで新聞記者として出発,28歳からはニューオーリンズで記者として9年間活躍した。 明治23(1890)年来日。B.H.チェンバレンの紹介で島根県松江市尋常中学校の英語教師となった。その後の熊本五高や帝大への就職もチェンバレンが斡旋,両者の間には往復書簡集がある。松江では同僚の西田千太郎,県知事籠手田安定ら,理解者に恵まれつつ,古い多神教の世界の出雲に,幻の母の故郷ギリシャを重ね合わせて,深い関心と共感を抱いた。翌年松江藩士の娘小泉セツと結婚,増大した扶養家族を養うためその年末,より高給の熊本五高の教師として赴任。長男一雄の誕生など,日本の家族との絆の強まりは日本への永住帰化を決意させたが,熊本の土地と人には馴染めず,明治27年,外国人居留地の神戸に移り,英字新聞『神戸クロニクル』の記者となる。健康を害してすぐ退社したが,約2年間そこで執筆活動をした。この時期の代表作のひとつ,「日本人の微笑」(『知られぬ日本の面影』所収)は,自我や個性を前面に押し出す近代西欧を正,そうでない日本を負とみる当時の東西比較文化論に,ハーンが真っ向から反論を試みたものである。明治29年に帝大に招かれ,英文学を講じることになる。作品自体の鑑賞を重んじる18,9世紀の英国小説と英詩の平明な講義は学生をひきつけた。教え子土井晩翠,厨川白村,上田敏。大学の同僚や東京という都市への共感は生じなかったが,晩年8年間の東京生活のなかで,日本文化の根底にある霊的な部分,さらには国家,民族の垣根を超えた文化の本質への理解はいっそう深まり,つぎつぎにすぐれた作品や評論が書かれた。日本の古い物語を再話した数々の怪談からは,死者や死後の世界の持つ力をそのまま受け止めようとするハーンの切実な思いが伝わってくる(『怪談』のほか,『骨董』『日本雑録』などにも所収)。またハーンの眼は人間の魂の世界だけでなく,鳥や木や草や極小の虫の魂にも向かい(『骨董』所収の「草雲雀」),余分の修飾を極力削ぎ落とした文体によって,それらの姿を永遠に書き留めた。狭心症のため死去,雑司ケ谷墓地に葬られた。<著作>『ラフカディオ・ハーン著作集』全15巻,『小泉八雲名作選集』全5巻<参考文献>平川祐弘編『小泉八雲 回想と研究』

(加納孝代)

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江戸・東京人物辞典の解説

小泉八雲

1850〜1904(嘉永3年〜明治37年)【随筆家・小説家】日本に魅せられて帰化。 「耳なし芳一」などを収録した「KAIDAN」は米国で評判に。本名ラフカディオ・ハーン(LafcadioHearn)。ギリシア生れの英国人。明治期の随筆家・小説家。1890年(明治23)米国の雑誌特派員として来日。日本文化に強くひかれ、島根県の松江中学に英語教師として赴任した。そのとき身の回りを世話した小泉セツと結婚、熊本の五高へ転任。1896年帰化して東京帝国大学で英文学を講じた。この間日本の自然と伝統に彩られた生活文化を欧米に精力的に紹介。1904年日本の古典、民話から取材した短編集「怪談」を米国で刊行した。

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大辞林 第三版の解説

こいずみやくも【小泉八雲】

1850~1904) 作家・英文学者。ギリシャ生まれのイギリス人。本名、ラフカディオ=ハーン(Lafcadio Hearn)。1890年(明治23)来日。松江の人、小泉節子と結婚。のち帰化。松江中・五高・東大などで教鞭をとりつつ、日本研究をまとめ海外に紹介した。評論「東の国から」「心」「神国日本」、小説「怪談」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

小泉八雲
こいずみやくも
(1850―1904)

随筆家、批評家。ラフカディオ・ハーン(ヘルン)Lafcadio Hearn。ギリシアに生まれ、生後1年半でアイルランドのダブリンに移り、1863年左眼失明。のちフランスカトリックの学校を中退、渡米して新聞記者となり、『タイムス・デモクラット』紙の文学担当者としてモーパッサン、ゾラ、ドストエフスキーハイネなどの翻訳・紹介者となる。1890年(明治23)4月に来日し、8月島根県の松江中学に赴任。年末に小泉セツと結婚。翌年11月熊本の第五高等学校に転じ、94年神戸の『クロニクル』紙に入社。『知られざる日本の面影』をアメリカで出版し、日本紹介を始める。96年2月日本に帰化し小泉家を継ぎ、小泉八雲を名のる。8月上京し、東京帝国大学文科大学講師となり、英文学を講ずる。1903年(明治36)3月退職。翌年4月東京専門学校早稲田(わせだ)大学の前身)講師となるが、狭心症のため9月26日に急逝した。東京の雑司ヶ谷(ぞうしがや)墓地(現雑司ヶ谷霊園)に葬られる。八雲は日本人の風俗、習慣、伝説、信仰など日常生活を見聞した体験に基づいた日本研究を深め、日本のありのままの姿を欧米に伝えた。没後、教え子のノートによって大学の講義がまとめられ、『人生と文学』『英文学史』などがアメリカで刊行された。ほかに日本人と日本を精神構造、社会、政治、宗教などの側面から全般的に考察した『心』『神国日本』の著作を残しているが、『古今著聞集(ここんちょもんじゅう)』などの古典や民間説話に取材した創作集『怪談』は文学的芳香の高い作品である。松江市奥谷町に旧居、記念館がある。[富田 仁]
『平井呈一訳『全訳小泉八雲作品集』全12巻(1964~67・恒文社) ▽平川祐弘他訳『ラフカディオ・ハーン著作集』全15巻(1980・恒文社) ▽上田和夫訳『小泉八雲集』(新潮文庫) ▽『近代文学研究叢書7』(1957・昭和女子大学) ▽広瀬朝光著『小泉八雲論――研究と資料』(1976・笠間書院) ▽森亮著『小泉八雲の文学』(1980・恒文社) ▽平川祐弘著『小泉八雲――西洋脱出の夢』(1981・新潮社) ▽銭本健二・小泉凡著『八雲の五十四年――松江からみた人と文学――』(2003・松江今井書店)』

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世界大百科事典内の小泉八雲の言及

【怪談】より

…ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の短編小説集。1904年アメリカ,イギリスで刊行。…

【ハーン】より

…文芸評論家,小説家。日本名は小泉八雲。ギリシアのレフカス島でイギリス進駐軍の軍医チャールズ・ブッシュ・ハーンと島の女ローザとの間に生まれた。…

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