西神崎村(読み)にしかんざきむら

日本歴史地名大系 「西神崎村」の解説

西神崎村
にしかんざきむら

[現在地名]世羅町西神崎

東神崎村の西、大田おおた(現芦田川)の南側にあり、北東から南西低地が広がる。南部は御調みつぎ郡との郡境をなす山地。西部に市野坪いちのつぼ山に連なる山地を有する農村。飛郷が寺町てらまち村内に二ヵ所ある。低地部の水田は東神崎村と同様に大田川の水懸りではないため、干損の恐れが多かった。平坦部には条里制の遺構が認められる。集落は山麓沿いを北東から南西に通じる三原往還を中心に散在する。

村名は神崎庄に由来し、同庄が文保二年(一三一八)に下地中分されたときの西半分にあたり、元和五年(一六一九)の備後国知行帳に西神崎村とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む