西茂森町(読み)にししげもりまち

日本歴史地名大系 「西茂森町」の解説

西茂森町
にししげもりまち

[現在地名]弘前市西茂森一丁目・同二丁目の一部

城の南西に位置し、茂森しげもり町から長勝ちようしよう寺に至る東西道筋と、宗徳そうとく寺に至る道筋の寺院街。弘前台地の北端にあり、町内北側の新町あらまち坂で城西地域と連絡する。南は茂森新しげもりしん町・古堀ふるぼり町・古堀新割ふるぼりしんわり町と接する。

藩政時代には町内全体が長勝寺構ちようしようじがまえと称する軍事的な要衝で、茂森町との間には土塁と空堀がめぐらされていた(「津軽弘前城之絵図」内閣文庫蔵)。そのため町名は付されておらず、寛永末年頃の津軽弘前城之絵図(櫛引元三氏蔵)によれば、禅宗の長勝寺・耕春こうしゆん院のほか寺庵三四と町屋が六軒あるのみである。明治三年(一八七〇)の弘前図(八木橋文庫蔵)には、構の内側を西茂森町と記しており、明治維新後長勝寺構を称する必要がなくなってから町名が付けられたのであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む