西行塚(読み)さいぎようづか

日本歴史地名大系 「西行塚」の解説

西行塚
さいぎようづか

[現在地名]庄川町三谷

三谷(みたに)集落の北端にある。塚は高さ数十センチで三畳敷ほどの壇状をなし、上に石碑(歌碑)のほか石龕をともなう地蔵一体を安置する。塚上にはかつて鎌倉時代の板碑の裏面を利用した室町時代の板碑が建っており、それには嘉応二年(一一七〇)の銘があると信じられ、「西住」の文字もあって、西住(さいじゆう)の碑といわれていた。江戸時代に事情があってこの板碑が大清水(おおしみず)村(現高岡市)の永願(えいがん)寺に移され、その代りに現在の石碑が建てられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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