西鹿田遺跡(読み)さいしかだいせき

日本歴史地名大系 「西鹿田遺跡」の解説

西鹿田遺跡
さいしかだいせき

[現在地名]笠懸村西鹿田 中島

鹿田山しかだやま丘陵の西側、はや川の河岸段丘の微高地上にある。台地は西を早川、東を湧水により開析され舌状形をなし、標高は約一五七メートル。昭和一八年(一九四三)に発見され、同三四年の発掘調査によって北関東の縄文時代初頭に位置づけられる代表的遺跡となった。遺跡名は中島なかじま遺跡が採用されていた経過がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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