見奈良原村(読み)みならばらむら

日本歴史地名大系 「見奈良原村」の解説

見奈良原村
みならばらむら

[現在地名]重信町見奈良

重信川が形成した扇状地扇央から扇端部にかけての地域。東は久米くめ吉久よしひさ(現川内町)、北は志津川しつかわ、西は田窪たのくぼ、南は下林しもばやしの村々に接する。

慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)浮穴うけな郡の項に「見奈良村 日損所、野山有」とみえ、村高一一七石六斗五升、うち田九三石一斗五升、畑二四石五斗とある。天保郷帳は見奈良原村とあり、村高は二九三石三斗二升と激増、乏水地帯の開拓が江戸中期以後急速に進んだことを示している。江戸期を通じ、松山藩領であった。

「重信町誌」によれば扇央部に位置するため重信川から取水できない見奈良原村が東隣の吉久村おもて川に構築した「見奈良井堰」(延宝元年藩命による)、天明六年(一七八六)から寛政元年(一七八九)にかけて掘削した「戌亥いぬい泉」(通称お吉泉)、天保一四年(一八四三)見奈良・田窪・牛淵うしぶち南野田みなみのだ・北野田の五ヵ村が共同で完成した「五ケ村泉」の三水源から、重信川の河道を横断(寛政二年より埋樋)して通水する方法で用水を確保したと記している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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