覚岸寺村(読み)かくがんじむら

日本歴史地名大系 「覚岸寺村」の解説

覚岸寺村
かくがんじむら

[現在地名]鶴岡市覚岸寺

荒井京田あらいきようでん村の南にあり、鶴ヶ岡から酒田へ向かう道の西側にあたる。学岸寺村とも記される。伝承によれば、文治元年(一一八五)奥州平泉の藤原秀衡により当地に般若はんにや寺が建立され、付近の地三千貫文が同寺に寄進された。その後川崩れにより一帯かまふちとなり、堂宇は倒壊し本尊も水に没したという。後年武藤氏の時代に本尊の髻が引上げられたので、髻を安置するため左衛門三郎を堂守とする覚岸寺が創建されたと伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む