覚法法親王
平安時代後期の皇族・僧。白河天皇の第4皇子で、京都の仁和寺の門跡(住職)も務めた。1147年から50年まで毎年高野山を参詣し、聖たちと関係を深めた。
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覚法法親王 かくほうほうしんのう
1092*-1153 平安時代後期,白河天皇の第4皇子。
寛治(かんじ)5年12月29日生まれ。真言宗仁和寺(にんなじ)門跡(もんぜき)。兄覚行法親王にしたがって出家。天仁(てんにん)2年観音院で灌頂(かんじょう)をうけ,一身阿闍梨(あじゃり)となる。天永3年(1112)親王。高野御室(おむろ)とよばれた。仁平(にんびょう)3年12月6日死去。63歳。前法名は真行,行真。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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覚法法親王 (かくほうほっしんのう)
生年月日:1091年12月29日
平安時代後期の真言宗の僧
1153年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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