親船町(読み)おやふねちよう

日本歴史地名大系 「親船町」の解説

親船町
おやふねちよう

[現在地名]石狩市親船町・親船東一条おやふねひがしいちじよう親船東二条おやふねひがしにじよう親船東三条おやふねひがしさんじよう

明治四年(一八七一)から同三五年までの町。石狩郡のうち近世末期に形成された石狩市街の一町で、東は船場ふなば町、西はよこ町、北はほん町、南は海岸林地で花畔ばんなぐろ村。「石狩国地誌提要」に「川西」として「親船町」がみえる。明治三年早山清太郎によって石狩市街と札幌に通ずる新道が開通し(石狩町誌・早山清太郎伝)、親船町通は市街の中心街となったが、同九年五月九日当町から出火して人家一九六戸・板倉三三棟、仮病院一所が罹災(「開拓使日誌」同月一五日条)、また翌年四月二二日には三四軒が類焼する火事があった(同書同月二六日条)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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