谷中感応寺表門前新茶屋町(読み)やなかかんのうじおもてもんぜんしんちややまち

日本歴史地名大系 の解説

谷中感応寺表門前新茶屋町
やなかかんのうじおもてもんぜんしんちややまち

[現在地名]台東区谷中やなか六―七丁目

谷中感応寺中門前町の南にある。もとは感応寺(現天王寺)境内であったが、元禄一二年(一六九九)同寺が日蓮宗から天台宗改宗を命ぜられたため檀家が離れ、寺院経営が悪化した。そこで同一五年住職仏頂院は新門前町屋と茶屋町の建設を寺社奉行に出願し、翌一六年に許可を得た。仏頂院は日蓮宗以来の檀家で下谷広小路したやひろこうじの木具屋勝井吉左衛門と相談の末、門内三〇間を切込んで表門前を茶屋町とし、いろは茶屋と名付けた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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