豊間源之進(読み)とよま げんのしん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「豊間源之進」の解説

豊間源之進 とよま-げんのしん

1836*-1868 江戸時代後期の武士
天保(てんぽう)6年12月6日生まれ。出羽(でわ)久保田藩(秋田県)藩士吉川忠行(きっかわ-ただゆき)に国学砲術をまなぶ。小野崎通亮(みちすけ)と雷風義塾を創設,勤王派として活躍。戊辰(ぼしん)戦争では有志隊参謀として奥羽越列藩同盟側の鶴岡藩軍とたたかい,慶応4年7月16日戦死。34歳。名は盛彦。

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367日誕生日大事典 「豊間源之進」の解説

豊間源之進 (とよまげんのしん)

生年月日:1836年12月6日
江戸時代末期の出羽秋田藩士
1868年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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