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吉川忠行 きっかわ ただゆき

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

吉川忠行 きっかわ-ただゆき

1799-1864 江戸時代後期の武士。
寛政11年2月19日生まれ。吉川忠安の父。出羽(でわ)久保田藩(秋田県)藩士。藩校明徳館和学方用係,側用人などをつとめる。天文,地理,兵学にも通じ,私塾惟神館(いしんかん)をひらいて国学,歌道,洋式砲術を教授。久保田藩初の大砲鋳造,台場築造にもあたった。元治(げんじ)元年3月17日死去。66歳。通称は久治(ひさはる)。号は幸屋(さちのや)。著作に「作例類語」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

吉川忠行
きっかわただゆき
(1799―1864)

江戸後期の国学者、兵学者。出羽(でわ)秋田藩士。通称久治(ひさはる)、幸屋(さちのや)と号した。30歳で藩校明徳館和学方用係、のち諸奉行(ぶぎょう)を歴任、側用人(そばようにん)にもなる。歌道に優れ国学の興隆に尽くした。『作例類語』(62巻)など著述が多い。また兵学、天文、地理にも通じ、邸内に私塾惟神(いしん)館を開き、さらに砲術所を増設した。ここで大砲、弾丸の鋳造、硝薬の製造を行い、吉川流兵術を教えた。もっぱら「和魂洋才」の育成に努め、秋田藩勤王の思想的・政治的基盤をつくりあげた。[半田市太郎]

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