財部院(読み)たからべいん

日本歴史地名大系 「財部院」の解説

財部院
たからべいん

大隅・日向国境にあった院。摂関家渡領。財部町の全域と、宮崎県都城市の南東部にわたる一帯に比定される。大隅国建久図田帳に島津庄の新立庄七五〇丁のうちとして「財部院百余丁」とみえる。深河ふかがわ(現末吉町)などとともに保延年間(一一三五―四一)以後新庄で、近衛家領になっており、惣地頭島津忠久であった。日向国建久図田帳には島津庄一円庄として諸県もろかた郡内に「財部郷」一五〇丁が記載され、地頭は同じく島津忠久となっていることから、財部院は「和名抄」にみえる日向国諸県郡八ヵ郷の一つ財部郷から分立したと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む