日本大百科全書(ニッポニカ) 「貨幣錯覚」の意味・わかりやすい解説
貨幣錯覚
かへいさっかく
money illusion
人々の経済行動が貨幣で表現された名目額に基づいて行われること。貨幣の実質的価値は、物価水準が上昇すると低下し、物価水準が下落すると増大するというように、物価水準の変化と反対方向に動く。したがって、物価水準の変化は人々の受け取る貨幣賃金や貨幣所得の実質価値に影響を与え、その変化を引き起こすのであるが、人々が貨幣錯覚にとらわれている場合には、それらの実質価値を不変なものとみなし、名目値に従って行動を決定する。ケインズは『一般理論』において、労働者はこの貨幣錯覚に陥っている面が強いと考えた。つまり、労働者は、貨幣賃金という名目値の引下げには、たとえ物価水準が同時に低下して実質賃金が不変であったとしても、強い抵抗を示すのであるが、名目貨幣賃金が不変である限り、物価水準の上昇に伴う実質賃金の低下に対しては、それほどの異議を唱えようとはしないと考えたのである。
[外山茂樹]