買野村(読み)かいのむら

日本歴史地名大系 「買野村」の解説

買野村
かいのむら

[現在地名]小野市中谷町なかたにちよう

豊地といち村・屋口やぐち村の東に位置し、東条とうじよう川の左岸草加野そうかの台地の裾部平坦地に集落を形成する。慶長国絵図に「かいの村」とみえる。領主変遷は享保五年(一七二〇)幕府領となるまでは浮坂うきさか村と同じ。延享元年(一七四四)大坂城代・出羽山形藩堀田氏領、同三年上野館林藩松平氏領(「天保校訂紀氏雑録」日産厚生会佐倉厚生園蔵、「寛政重修諸家譜」など)、天保七年(一八三六)上野館林藩井上氏領となり、以後は曾根そね村と同じ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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