賀川南竜(読み)かがわ なんりゅう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「賀川南竜」の解説

賀川南竜 かがわ-なんりゅう

1781-1838 江戸時代後期の医師。
天明元年6月11日生まれ。大坂で開業していた賀川有章の門にはいり,その養子となる。女性の刑死者を解剖して子宮解剖図などをのせた「南陽館一家言」をあらわした。天保(てんぽう)9年7月22日死去。58歳。備中(びっちゅう)(岡山県)出身。本姓は本多。名は惇徳。字(あざな)は子允。通称は秀哲。

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367日誕生日大事典 「賀川南竜」の解説

賀川南竜 (かがわなんりゅう)

生年月日:1781年6月11日
江戸時代後期の産科医
1838年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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