賀来毅篤(読み)かく きとく

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「賀来毅篤」の解説

賀来毅篤 かく-きとく

1799-1858* 江戸時代後期の医師。
寛政11年生まれ。帆足万里(ほあし-ばんり)にまなび,豊後(ぶんご)(大分県)杵築(きつき)で開業。のち長崎でシーボルトについて蘭学をおさめる。天保(てんぽう)5年(1834)肥前島原藩(長崎県)の藩医となり,藩内で種痘をおこなった。安政4年11月18日死去。59歳。豊後出身。名は佐之。字(あざな)は公輔通称は佐一郎。著作に「墨是可(メキシコ)新話」(共著)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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