賀集中村(読み)かしゆうなかむら

日本歴史地名大系 「賀集中村」の解説

賀集中村
かしゆうなかむら

[現在地名]南淡町賀集

現南淡町北部にある。東部を北西流する大日(だいにち)川の川筋は北東野田(のた)村との境をなし、西部を山路(やまじ)川が北へ流れる。文明二年(一四七〇)八月一一日の番役差定(護国寺文書)に中村とみえ、鍛冶屋(かじや)村とともに四番に編成されて護国寺警護の番役勤仕が命じられた。寛永四年(一六二七)の蜂須賀氏による賀集中村検地帳(南淡町役場蔵)では反別四五町二反余・高五四七石余。正保国絵図には加集中(かしゆうなか)村とあり、高五〇四石余。天保郷帳では高六〇三石余。賀集組に属した。反別戸数取調書によると反別四八町四反余、高六一九石余、うち蔵入高七七石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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