日本大百科全書(ニッポニカ) 「賢愚経」の意味・わかりやすい解説
賢愚経
けんぐきょう
書跡。『賢愚経』は、中国北魏(ほくぎ)慧覚(えかく)等訳の小乗経で全13巻。『賢愚因縁経』ともいい、仏の本生(ほんしょう)、賢者、愚者に関する譬喩(ひゆ)的な小話69編を集める。今日、聖武(しょうむ)天皇筆と伝称される古写経が伝存する。写経のなかでも字粒がとくに大きく、1行11~13字に書写し、端正で堂々たる筆致から大聖武(おおじょうむ)とよばれる。料紙は荼毘紙(だびし)とよばれ、釈迦(しゃか)の骨粉を漉(す)き込んだものというが、実際は香木(こうぼく)の粉末を漉き込んだものと推定される。北魏の『始平公造像記』の書風と酷似することから、中国の写経とする説もあるが、奈良時代の写経と考えられる。現在、東大寺に1巻、東京国立博物館に1巻、前田育徳会に3巻、白鶴美術館に2巻が巻子本で現存(いずれも国宝)するほか、諸家に古筆手鑑(てかがみ)の巻頭を飾る名筆として、また掛幅(かけふく)として伝存する。もと東大寺戒壇院に伝来したことにちなんで大和切(やまとぎれ)ともよばれる。古来より尊重され、ことに茶人に愛好された。
[島谷弘幸]