通常の知性や理性を備えていないために,劣等な者として一般に排除の対象となる存在。知能的に低劣というよりも,むしろ通常の思考回路を経ない言動と行為のために,かえって理性に隠蔽されることなく人間本来の霊能,弾力的な発想,強力な挑発力を発揮することがあるとされる。愚者は世の中の道徳律にしばられることなく愚行を容認され,窒息状態にある日常的理性を解放する。このような愚者の役割を制度化したものが,中世・ルネサンス期ヨーロッパの〈愚者の饗宴〉や宮廷道化である。カトリック教会の下級僧が中心になってクリスマスと新年の間に祝われた〈愚者の饗宴〉では,少年や下級僧の間から〈阿呆の司教〉が選ばれ,祭りの期間は通常の秩序や価値観が逆転した世界が支配した。祭りの間には〈驢馬(ろば)のミサ〉があげられ,司教と会衆は驢馬のいななきで応答したという。〈愚者の饗宴〉は,この時期のカーニバルの民衆精神と同じ知のあり方を示すものだった。同じころには,自然を抑圧する法律・慣行あるいは学問の虚妄を批判し,人間の本能を賛美して,単純素朴な知性の中にこそ行動する賢い愚者という人間本来の生命力が息づくとしたエラスムスの《痴愚神礼讃》(1511)をはじめとする愚者文学と呼ばれる分野の作品が,主に硬直化したカトリック教会に批判的な神学者たちによって書かれていた。このような望ましい人格のあり方としての〈賢い愚者〉という観念は,ロマン主義の時代になると民衆性を失って矮小化し,理性によって曇りをかけられる以前の,高い徳目をもつ清らかな愚者による俗的理性の救済や両者の対立に置きかえられた。ドストエフスキーの長編小説《白痴Idiot》(1868)やワーグナーの楽劇《パルジファルParsifal》(1882初演)には,このテーマが見られる。現代では,1960年代後半以降,創造的混沌という精神のあり方が再評価されてきており,その脈絡の中で,道化,カーニバル的精神などとともに,愚者という知のあり方も再検討されている。
→カーニバル →道化
執筆者:落合 一泰
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…トリックスターは,策略を用いる狡猾さ・賢さを賞賛される一方,欲望を制御できずに失敗する愚かさ・滑稽さを笑われる者であり,また人間に火や文明をもたらす文化英雄的な神であると同時に,単なるいたずら好きの反社会的な破壊者でもある。そこでは,善なる文化英雄と悪しき破壊者,あるいは賢者と愚者という,法や秩序からみれば一貫性を欠いた矛盾する役割が,一主人公の属性として語られる。 トリックスター神話は,19世紀後半から20世紀にかけて,北アメリカのインディアン諸社会の説話群が紹介されて以来,研究者の注目するところとなり,またアフリカ諸社会にも同様の説話群が広くみられることが報告されている。…
※「愚者」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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