贄川宿(読み)にえかわしゆく

日本歴史地名大系 「贄川宿」の解説

贄川宿
にえかわしゆく

[現在地名]楢川村大字贄川

贄川宿は木曾路の江戸からの玄関口であり、北の固めとして、宿の入口に贄川番所が設けられていた。

宿の創設は他の木曾宿場と同じ天文年間(一五三二―五五)で、永禄一一年(一五六八)相模海蔵かいぞう寺住僧に対して武田氏が甲府こうふから福島ふくしままで伝馬七匹を与えている文書(「武田信玄朱印状案」相州文書)にもその名が載る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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