改訂新版 世界大百科事典 「贋金づくり」の意味・わかりやすい解説
贋金づくり (にせがねづくり)
Les faux-monnayeurs
フランスのA.ジッドの小説。1926年刊。これ以前の小説的作品には,レシ(物語)かソティ(茶番)の呼称しか与えなかったジッドだが,この一作だけをロマン(小説)と命名したのは,ここに彼独自の小説観を実現しえたという自負があったからだろう。レシやソティは人生図の断片を断片的にしか描きえないのに反して,ロマンは人生図の総体を複合的・重層的に描きうるものでなければならぬと作者は考えていたのである。人間は仮面によって,すなわち〈贋金〉を使って生きているのであるから,視点の限られたレシやソティではその総体を把握することはできない。始めもなく終りもない人生図を,視点を多様化・多層化し,作中に同名の小説を構想している小説家を登場させ,その創作日記に大きな役割まで与えて,多次元的に描き出そうとしたこの小説の実験は,以後のフランス内外の20世紀小説の展開にすこぶる大きな役割を果たした。
→純粋小説
執筆者:若林 真
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報