赤司城跡(読み)あかじじようあと

日本歴史地名大系 「赤司城跡」の解説

赤司城跡
あかじじようあと

[現在地名]北野町赤司

陣屋(じんや)川下流左岸の自然堤防上に築かれた中世の平城。城跡は赤司八幡神社の南側にあり、堀跡が残る。「久留米領古城之書付」によれば、本丸は縦約三六メートル・横約三〇メートル、二の丸は縦約八一メートル・横約四一メートル、太鼓櫓や南東に池、北西に堀などがあったと伝えるが、現在は民家が建つ。築城者は赤司永直と伝える(筑後将士軍談)。暦応三年(一三四〇)九月、上筑後に入った一色範氏は「赤司城」に今川六郎を置いて守護させている(同年一〇月一九日「藤原通幸軍忠状」武雄神社文書/南北朝遺文(九州編)二など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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