三井郡(読み)みいぐん

日本歴史地名大系 「三井郡」の解説

三井郡
みいぐん

面積:四三・三二平方キロ
大刀洗(たちあらい)町・北野(きたの)町

明治二九年(一八九六)に成立した郡。筑後川中流域右岸、筑後地方の最北部に位置する。南から南西にかけて久留米市、北西は小郡市、北は朝倉(あさくら)郡三輪(みわ)町、北東は甘木市、南東は浮羽(うきは)郡田主丸(たぬしまる)町に接する。東部を小石原(こいしわら)川、中央部を陣屋(じんや)川、西部を大刀洗川が流れ、南辺を西流する筑後川に合流。低平な沖積平野が広がる。明治二九年郡制施行により御井(みい)郡・御原(みはら)郡・山本(やまもと)郡が合併して成立。大正一二年(一九二三)郡制は廃されるが、郡役所は同一五年まで北野(きたの)村(のち北野町)に置かれた。成立時の所属町村は、御井町・草野(くさの)町、国分(こくぶ)・節原(ふしはら)・合川(あいかわ)・高良内(こうらうち)・山川(やまかわ)・上津荒木(こうだらき)・宮(みや)ノ陣(じん)・味坂(あじさか)・御原・小郡・立石(たていし)・三国(みくに)・弓削(ゆげ)・北野・大城(おおき)・金島(かねしま)・大堰(おおぜき)・大刀洗・本郷(ほんごう)・山本・善導寺(ぜんどうじ)・大橋(おおはし)各村の二町二二ヵ村であった。明治三四年北野村、大正一一年国分村が町制施行。同一二年節原村、同一三年国分町が久留米市に合併。大正一二年郡制廃止以後は地域名称として存続。昭和一五年(一九四〇)善導寺村が町制施行。同一八年御井町が久留米市に合併。同二六年山川村・合川村・上津荒木村・高良内村を廃して久留米市に編入。同二八年小郡村が町制施行。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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