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趙良弼 ちょう りょうひつ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

趙良弼 ちょう-りょうひつ

1217-1286 元(げん)(中国)の政治家。
興定元年生まれ。女真族出身。趙州での教授から,フビライ(のちの世祖)に登用されて中国南部の平定などに活躍。志願し日本への国信使となる。文永8年(1271),10年に来日したが,日本招諭に成功しなかった。フビライに日本攻略の無益と困難を説いたが,ききいれられなかった。至元23年死去。70歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

ちょうりょうひつ【趙良弼 Zhào Liáng bì】

1217‐86
女真人出身の元の政治家。趙は本来の姓朮(じゆつ)要甲の訛音。字は輔之。即位前のフビライ(のちの世祖)に起用され,以後中国各地の安撫に当たった。1270年,日本招諭の任に当たることを世祖に奏請し,71,73年の2回元の国信使として高麗から日本の太宰府に至ったが,使命は果たせなかった。帰国後,日本遠征の無価値・困難さを世祖に力説したが,聞き入れられなかった。没後韓国公に追封された。【北村 秀人】

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世界大百科事典内の趙良弼の言及

【元】より

…70年フビライは,三別抄の反乱中の高麗に対して造船,徴兵を命じ,日本遠征のための屯田経略司を置いた。同年12月,趙良弼が日本招諭のための日本国信使に任命され,翌71年9月に筑前今津に到着したが,日本の返書が得られないまま帰国した。73年2月,元の南宋制圧は目前に迫り,同年4月には三別抄の反乱が平定され,元は日本遠征への準備を進めた。…

※「趙良弼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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