軽井沢越出羽道(読み)かるいざわごえでわみち

日本歴史地名大系 「軽井沢越出羽道」の解説

軽井沢越出羽道
かるいざわごえでわみち

一関いちのせき街道から中新田なかにいだ(現中新田町)で分岐し、小野田を通り、原町はらまち門沢かどさわ漆沢うるしざわを経、軽井沢番所を通って国境の峠に至り、出羽国村山むらやまかみはた(現山形県尾花沢市)へ向かう。最上海道軽井沢越ともよばれた。中新田から漆沢宇津野うつのまでは現在の国道三四七号とほぼ同じで、現国道は漆沢に入らず、かつては寒風沢さぶさわ(現宮崎町)からの田代西たしろにし越出羽道の間道であった鍋越なべこし峠を越えて尾花沢おばなざわ市に向かっている。新道は明治二五年(一八九二)に完成しているが、その労苦の様は門沢にある中羽前街道開通碑にあますところなく記される。中羽前の名称もこの時に名付けられたものである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む