中新田宿(読み)なかにいだしゆく

日本歴史地名大系 「中新田宿」の解説

中新田宿
なかにいだしゆく

[現在地名]中新田町 南町・西町・岡町

仙台藩領中心部西側の交通の要衝。南北の岩出山(いわでやま)(現玉造郡岩出山町)と一関(いちのせき)(現色麻町)を結ぶ道から田代西(たしろにし)越出羽道・軽井沢(かるいざわ)越出羽道が分岐し、東方への道は古川(現古川市)で奥州街道に結ばれる。当地は代官所・大肝入の所在地で、加美郡の郡政・商業の中心地であった。宿場は南から五町四方の南(みなみ)町、三町三〇間の西(にし)町、東へ折れて二町二四間の岡(おか)町三町で構成され、それぞれに肝入が立てられている。この三町は寛永一七年(一六四〇)以来の宿場という。小野田(おのだ)(現小野田町)へ二里、本荷四七文・軽尻三一文・賃夫二四文、小泉(こいずみ)(現宮崎町)へ一里二四町、本荷四四文・軽尻二九文・賃夫二二文、黒川郡吉岡(よしおか)(現大和町)へ三里三二町二五間、本荷九九文・軽尻六五文・賃夫五〇文、志田郡三本木(さんぼんぎ)(現三本木町)へ二里二七町三九間、同郡古川へ二里三〇町三〇間、本荷七一文・軽尻四七文・賃夫三六文、栗原郡宮沢(みやざわ)町(現古川市)へ三里二〇町、本荷七五文・軽尻四五文・賃夫三八文、岩出山へ本荷六六文・軽尻四三文・賃夫三三文の七本の道が四方へ通じていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む