近藤簣山(読み)こんどう きざん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「近藤簣山」の解説

近藤簣山 こんどう-きざん

1812-1888 江戸後期-明治時代の儒者
文化9年1月28日生まれ。近藤篤山次男近藤南海の弟。伊予(いよ)(愛媛県)小松藩士。京都で猪飼敬所(いかい-けいしょ)にまなび,帰藩して家塾清斯堂をひらく。文久2年兄のあとをうけ,藩校養正館の教授,学頭となった。明治21年6月17日死去。77歳。名は春燾。字(あざな)は積中。通称は真助。別号に清斯堂。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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