道口蛭田村(読み)どうぐちひるだむら

日本歴史地名大系 「道口蛭田村」の解説

道口蛭田村
どうぐちひるだむら

[現在地名]春日部市道口蛭田

花積(はなづみ)村の東に位置し、慈恩寺(じおんじ)台地とその麓に立地する。埼玉郡岩槻領に属した(風土記稿)。慶安元年(一六四八)に慈恩寺村(現岩槻市)から分村したというが(寛政九年「村明細帳」田中家文書など)、元禄郷帳に上蛭田(かみひるだ)村枝郷として記載されていることから、同村からの分村ともいう(風土記稿)。西方の表慈恩寺(おもてじおんじ)村(現岩槻市)の内などに飛地がある(郡村誌)。岩槻藩領で、明暦元年(一六五五)の年貢割付状(田中家文書)では高八七石余、反別田四町五反余・畑四町余。年貢は米一二石余・永三貫余、ほかに野銭永三〇文。延宝八年(一六八〇)の岩付領内村名石高家数人数寄帳(吉田家文書)にみえる蛭田村は当村のことと思われ、家数六(本百姓三・分ケ地一・水呑二)、人数三六。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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