日本歴史地名大系 「春日部市」の解説 春日部市かすかべし 面積:三七・七八平方キロ県の東部に位置し、東は北葛飾郡庄和(しようわ)町・松伏(まつぶし)町、北は同郡杉戸(すぎと)町・南埼玉郡宮代(みやしろ)町・白岡(しらおか)町、西は岩槻市、南は越谷市と接する。東西四・八キロ、南北六・五キロ。北西部の内牧(うちまき)と西部の花積(はなづみ)に大宮台地慈恩寺(じおんじ)支台が張出しているほか、おおむね中川低地に属する沖積低地帯で、標高は平均約六メートル。中央部東寄りを古利根川が、東の庄和町境を中川(庄内古川)がそれぞれ南流する。岩槻市境を北流する古隅田(ふるすみだ)川は途中東に転じ、市域中央部で古利根川に合流する。また越谷市境を新方(にいがた)川が東流する。古利根川左岸の小渕(こぶち)・藤塚(ふじつか)には複数列からなる河畔砂丘がある。小渕河畔砂丘は近辺の土師器・須恵器の出土状況から平安時代に形成されたと推測され、その最大のものは長さ一三〇〇メートル、幅六五メートルに及ぶ。また古隅田川が古利根川に合流する付近には二列の浜川戸(はまかわど)河畔砂丘があり、同砂丘の基底近くから平安時代終り頃の土器が、また上部からは人骨・土器のほか、弘安六年(一二八三)銘の板碑が発掘されていることから、同砂丘は平安時代末から鎌倉時代中頃にかけて形成されたと推測される。市域を東西に東武野田線が、南北に同伊勢崎線が通り、ほぼ中央部の春日部駅で交差する。同駅のほか市域には野田線に豊春(とよはる)駅・八木崎(やぎさき)駅・藤の牛島(ふじのうしじま)駅、伊勢崎線に武里(たけさと)駅・一(いち)ノ割(わり)駅・北春日部駅がある。国道四号が縦断する。国道一六号が岩槻市から入り、市域西部から北部を通り庄和町へ抜ける。ほかに主要地方道春日部―久喜線・同春日部―松伏線などが縦横に通る。〔原始・古代〕旧石器時代の遺物ではナイフ形石器が内牧で発見されているが、遺構を伴っていない。縄文時代になると早期の撚糸文系土器を出土した内牧の坊荒(ぼうあらい)遺跡、前期の花積貝塚がある。花積貝塚は市内で最も著名な遺跡で、縄文時代前期初頭に編年される花積下層式土器の標式遺跡である。同貝塚は縄文時代中期の勝坂式土器の末から加曾利E式土器前半の土器を伴出する貝層もある特異な遺跡である。昭和四三年(一九六八)に発掘調査が行われ、縄文時代前期の竪穴住居跡四、中期の竪穴住居跡一六、遺体が仰臥屈葬位で埋葬された土壙墓一が発見されている。弥生時代の遺跡・遺物の発見は少なく、谷原新田(やわらしんでん)から中期中葉に位置付けられる壺形土器が一点発見されているにすぎない。今後の遺跡発見が期待される。古墳時代の集落跡の豊野(とよの)町沼廻(ぬままわり)遺跡では前期の土師器包含層が確認されている。 春日部市かすかべし 2005年10月1日:春日部市と北葛飾郡庄和町が合併⇒【春日部市】埼玉県⇒【庄和町】埼玉県:北葛飾郡 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「春日部市」の意味・わかりやすい解説 春日部〔市〕かすかべ 埼玉県東部,古利根川,中川,江戸川の流域にある都市。東で千葉県に接する。 1944年粕壁町と内牧村が合体して春日部町となり,1954年豊春村,武里村,幸松村,豊野村の4村と合体して市制。 2005年庄和町と合体。中世は新田義貞の家臣春日部氏の所領で,春日部郷といった。中心市街地の粕壁は江戸時代には日光街道の宿場町,近隣農村相手の市場町として繁栄。明治期以後は桐たんすや麦わら帽子の産地として有名になった。 1950年代半ばから東京への通勤圏として都市化が進み,1967年武里団地 (約 6000戸) が完成した。製薬や乳業の工場も立地。中部の牛島にはフジの巨木があり,国の特別天然記念物に指定。北東部の宝珠花で毎年5月に行なわれる大凧揚げは有名。東武鉄道伊勢崎線,野田線が交差。国道4号線,16号線などが通る。面積 66.00km2。人口 22万9792(2020)。 出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報 Sponserd by