道深法親王(読み)どうしんほうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「道深法親王」の解説

道深法親王 どうしんほうしんのう

1206-1249 鎌倉時代,後高倉院(守貞親王)の第2王子。
建永元年9月4日生まれ。母は北白河院真言宗建保(けんぽ)4年仁和(にんな)寺で出家承久(じょうきゅう)3年親王となる。寛喜(かんぎ)2年道助入道親王より灌頂(かんじょう)をうける。広隆寺別当,六勝寺検校(けんぎょう)をへて3年仁和寺門跡。金剛定院御室(おむろ)と称された。建長元年7月28日死去。44歳。

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367日誕生日大事典 「道深法親王」の解説

道深法親王 (どうしんほっしんのう)

生年月日:1206年9月4日
鎌倉時代前期の僧
1249年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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