北白河院(読み)きたしらかわいん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「北白河院」の解説

北白河院 きたしらかわいん

1173-1238 鎌倉時代,後高倉院の妃。
承安(じょうあん)3年生まれ。藤原(持明院)基家(もといえ)の娘。茂仁親王を生み,承久(じょうきゅう)3年出家。親王が後堀河天皇として即位し,後高倉院の院政がはじまると,貞応(じょうおう)元年准三宮(じゅさんぐう)となり,北白河院の院号をうけた。嘉禎(かてい)4年10月3日死去。66歳。名は陳子。法名は如律。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「北白河院」の意味・わかりやすい解説

北白河院
きたしらかわいん

[生]承安3(1173)
[没]暦仁1(1238).10.3. 京都
鎌倉時代,後高倉院 (高倉天皇の第2皇子) の妃藤原陳子。後堀河天皇の生母藤原基家の娘。母は平頼盛の娘。貞応1 (1222) 年准三宮の宣下をこうむって剃髪,次いで院号宣下を受けた。

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