遠値嘉島(読み)とおちかのしま

日本歴史地名大系 「遠値嘉島」の解説

遠値嘉島
とおちかのしま

古代よりみえる島名。値嘉島のうちで、その具体的な範囲は明らかではないが、肥前国のうち九州本島に近い地(たとえば平戸に近い地)から見て遠いことを意味する島名であろう。そのため福江ふくえ島を中心とする一帯という説があるが(五島編年史・大日本地名辞書)那留なる(現奈留町)を島内とすることから、ほかの諸島を含む総称とも考えられる。あるいは平戸島が近島であれば、遠値嘉島はのちの五島列島ともみられる。「続日本紀」天平一二年(七四〇)一一月五日条に「等保知駕島色都島」とある。この年九月九州諸国の兵を動員して反乱を起こした藤原広嗣が追討軍に敗れて朝鮮半島に渡ろうとしたが、知駕島から出航し東風にのって四日後に耽羅島(済州島)の近くまで達したものの、風がやんだため一昼夜漂流したあと西風を受けて戻され、色都島に着岸を余儀なくされたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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