日本歴史地名大系 「那波村」の解説
那波村
なばむら
「万葉集」に日置少老詠として「縄の浦に塩焼くけぶり夕されば行き過ぎかねて山にたなびく」、山部赤人詠として「縄の浦ゆ背向に見ゆる沖つ島漕ぎ廻る舟は釣しすらしも」とみえる。「縄の浦」は当地に比定される。保延三年(一一三七)一〇月二三日の矢野庄立券文案(白河本東寺百合古文書)に
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
「万葉集」に日置少老詠として「縄の浦に塩焼くけぶり夕されば行き過ぎかねて山にたなびく」、山部赤人詠として「縄の浦ゆ背向に見ゆる沖つ島漕ぎ廻る舟は釣しすらしも」とみえる。「縄の浦」は当地に比定される。保延三年(一一三七)一〇月二三日の矢野庄立券文案(白河本東寺百合古文書)に
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