那賀郷村(読み)なかのごうむら

日本歴史地名大系 「那賀郷村」の解説

那賀郷村
なかのごうむら

[現在地名]芦辺町中野郷なかのごう

住吉すみよし村の北東に位置し、西は国分こくぶ村、東は諸吉もろよし村。中野郷ともみえ、「和名抄」に記される壱岐郡那賀郷の遺称地とされる。壱岐国分寺(島分寺)が置かれていた。国分寺の北西にあるこおり井は郡の井の意とも、郡城主塩津留氏の垢離井のことともいう。村の東部に遠見岡とおみおか、西部に烽火所がある(壱岐名勝図誌)。正平二四年(一三六九)の壱岐神領図(壱岐史拾遺)では聖母しようも大明神(現勝本町)の社領九四町のうちとして「中ノ郷」とみえる。天正一二年(一五八四)松浦隆信により「中郷今宮八幡宮」の宝殿が建立されている(松浦家旧記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む