郡原(読み)こおりはら

日本歴史地名大系 「郡原」の解説

郡原
こおりはら

土成町郡付近に比定される国衙領。正平一六年(一三六一)四月一日の出雲守時有奉寄進状(菅生家文書)に「阿波国郡原国衙分」とあり、郡原国衙分を八幡宮(現東祖谷山村菅生)に寄進し、同宮の神事などの執行を菅生四郎左衛門尉に命じている。菅生氏は祖谷いや菅生すげおい(現同上)本拠とした在地武士で、当時は南朝方に属していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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